福岡県北九州市のマクドナルドの店舗で12月14日夜、客として訪れていた中学生男女2人が刃物のようなもので刺され15歳の少女が死亡した事件が発生しました。
2人は病院に運ばれましたが女子生徒の中島咲彩さん(15)が腹部のあたりを刺されていて、死亡しました。愛してやまない可愛いわが子の命が突然奪われてしまった。中島さあやさんの両親が、娘の幼少期から現在に至るまでの経緯を語る…とすれば、何を話すのか…。
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愛してやまない可愛いわが子、中島咲彩への想い「突然宝物を奪われた」
2024年12月19日、私たち家族にとって一番大切な存在だった中島咲彩が、突然私たちのもとを去りました。この想像を絶する悲劇を前にして、母親として感じる怒り、悲しみ、そしてここに綴るには到底足りないほど深い咲彩への愛を、今ここに書き残します。
幼少期のなかしまさあや「園庭ではリーダー的存在」
咲彩は、2008年の春、桜の花が満開の頃に生まれました。名前には「響き渡る彩り」という意味を込めました。その名前通り、彼女はどんな時も明るく、人々の心に響き、周りを彩る存在でした。幼い頃からその特別な輝きを持っていた咲彩は、私たち家族にとっての希望であり、喜びそのものでした。
赤ちゃんの頃から手のかからない子で、よく笑い、よく眠る子でした。さあやの笑顔を見るだけで、どれだけ疲れていても心が癒されました。
幼少期の咲彩「園庭のリーダー」
咲彩が幼稚園に通い始めた頃、彼女はいつもクラスの中心的な存在でした。友達と遊ぶのが大好きで、園庭では自然とリーダー役を担っていました。その小さな体で全力疾走する運動会の姿に、私たち家族は涙が出るほど感動しました。最初に描いた絵を誇らしげに見せてくれた日のことも、今でも鮮明に覚えています。その時の「見て、お母さん!」という声と、きらきらした瞳が私の胸に刻まれています。
咲彩は特に好奇心旺盛で、周りの世界に興味津々でした。虫や花、空の雲の形までもが彼女の目には新鮮に映り、それについて語る彼女の言葉にはいつも発見と驚きがありました。その無邪気さと輝きに、私たち夫婦はどれほど救われたことでしょう。
小学生時代の中島咲彩さん「作文コンクール受賞も」
中学生になった咲彩は、さらに多くのことに挑戦しました。彼女は吹奏楽部に入り、毎日遅くまで練習に励みました。初めて部のコンクールに出場したとき、緊張しながらも一生懸命に演奏する彼女の姿は、私たち家族にとって忘れられない思い出です。
咲彩は友達にも恵まれ、LINEで楽しそうにやり取りをする姿をよく見かけました。休日には友達と遊びに出かけたり、家で映画を見たりすることも多く、笑い声が絶えませんでした。未来について真剣に考え始めた彼女は、「高校ではもっとたくさんのことを学びたい」と語り、目標に向かって一歩ずつ進んでいました。
小学校に進むと、咲彩はさらにその個性を発揮しました。勉強に一生懸命取り組み、特に国語では作文の才能が際立ちました。学校の作文コンクールで受賞したとき、彼女は飛び跳ねるように喜び、その姿を見て私たちも誇らしい気持ちになりました。
咲彩は友達と遊ぶのも大好きで、近所のお祭りや地域のイベントには積極的に参加していました。休日には家族で公園にピクニックに行ったり、家で一緒にクッキーを焼いたりする時間が、私にとって何よりの幸せでした。彼女は妹や弟の面倒をよく見てくれる優しいお姉さんでもあり、家庭の中で自然と皆をまとめる存在でした。
その頃、咲彩が描いた夢はとても大きなものでした。「大人になったら、人の役に立つ仕事がしたい」と語る彼女の目には未来への希望が溢れていました。どんな困難にも立ち向かう強さと優しさを持つ彼女を、私たちは全力で支えたいと思っていました。
中学生になった中島さあやさん「キラキラ女子中学生」
中学生になった咲彩は、さらに多くのことに挑戦しました。彼女は吹奏楽部に入り、毎日遅くまで練習に励みました。初めて部のコンクールに出場したとき、緊張しながらも一生懸命に演奏する彼女の姿は、私たち家族にとって忘れられない思い出です。
咲彩は友達にも恵まれ、LINEで楽しそうにやり取りをする姿をよく見かけました。休日には友達と遊びに出かけたり、家で映画を見たりすることも多く、笑い声が絶えませんでした。未来について真剣に考え始めた彼女は、「高校ではもっとたくさんのことを学びたい」と語り、目標に向かって一歩ずつ進んでいました。
2024年12月19日、突然の悲劇:北九州マクドナルド殺人事件
2024年12月19日、その日が私たち家族の人生を一変させました。塾帰りに友達と寄ったマクドナルドで、何の罪もないさあやが刃物を持った男に襲われるなど、夢にも思いませんでした。
警察から連絡があったときの衝撃は、言葉に表すことができません。病院でさあやに再会したとき、彼女はすでに息を引き取っていました。その小さな体は冷たく、もう「お母さん」と呼ぶ声を聞くことができない現実に、膝から崩れ落ちました。
平原政徳に対する怒りと悲しみ「なんの罪もない咲彩を奪った悪魔」
2024年12月19日、その日は普通の一日として始まりました。咲彩は学校の後、塾に行き、その帰りに友達とマクドナルドに寄りました。それが彼女の最後の時間になるなど、誰が想像できたでしょうか。
突然の警察からの連絡に、私たちは一瞬何が起きたのか理解できませんでした。「娘さんが襲われた」と聞かされたときの衝撃は、言葉では言い尽くせません。病院に駆けつけた私たちが見たのは、冷たくなった咲彩の姿でした。「お母さん」と呼ぶ声はもう聞けない。その現実が私たちを襲いました。
なぜ、さあやがこんな目に遭わなければならなかったのか。平原政徳という男が、何の理由でこんな非道な行為に及んだのか。犯人に対する怒りはもちろんですが、それ以上に娘を守れなかった自分を責める気持ちでいっぱいです。
さあやは、ただ普通の中学生として、友達と楽しい時間を過ごしていただけです。それを奪われた理不尽さに、胸が締め付けられる思いです。夜になると、さあやの声が聞こえるような気がして、涙が止まりません。
さあやへの想い「心から愛しています」
咲彩、あなたが私たちに残してくれた思い出は、どれも輝いています。あなたの笑顔、優しさ、夢。そのすべてが私たち家族にとって何よりの宝物です。あなたがいない現実は耐え難いものですが、それでも私たちはあなたの思いを胸に生きていきます。
あなたと過ごした日々は、決して特別なことばかりではありませんでした。でも、その何気ない日常がどれほどかけがえのないものだったか、今になって痛いほど思い知らされています。朝ごはんの時間に「お母さん、これ美味しい!」と無邪気に笑ったあなたの顔。学校帰りに「ただいま!」と元気よく玄関を開けて帰ってくるその声。その一つひとつが、私たち家族を幸せで包んでくれました。
あなたは私たちの太陽でした。どんなに疲れていても、あなたの明るい声を聞くだけで心が温かくなり、頑張ろうと思えました。家族旅行に出かけたとき、何にでも興味津々で、山や川の自然を楽しむ姿はまるで輝く宝石のようでした。夜になれば、満天の星空を見上げながら「お母さん、あの星、私たちに向かって光ってるみたいだね」と嬉しそうに話してくれました。その言葉が今でも胸に響いています。
あなたがいない今、家の中は静かすぎて、時折その静けさに押しつぶされそうになります。あなたが妹や弟と笑い合う声、学校での出来事を一生懸命に話してくれるその声が、今も耳の奥に残っています。でも、それを思い出すたびに、また涙が止まらなくなります。あなたがこの家に残してくれた温かさと明るさが、私たちにとってどれほど大きなものだったか、改めて気付かされます。
時々、夢の中であなたに会うことがあります。あなたはいつものように笑って、「お母さん、大丈夫だよ」と優しく声をかけてくれます。その夢から覚めるたびに、現実の冷たさに打ちのめされますが、それでもあなたの笑顔に救われた気持ちになります。あなたのことを思い出すことで、私たちは一歩ずつ前に進む力をもらっています。
あなたが安心して見守れるよう、私たち家族は助け合いながら歩んでいきます。妹も弟も、あなたのことを毎日のように話題にします。「お姉ちゃんだったらどうするかな?」と相談する場面もあります。あなたが家族の中でどれほど大きな存在だったかを、彼らも心の中で感じているのでしょう。
咲彩、あなたがいなくなったことで私たちの心には大きな穴が空きました。でも、その穴はあなたがくれた愛情と思い出で少しずつ満たされています。あなたの夢や希望を受け継ぎ、私たちもその意志を忘れずに生きていきます。いつかまた会える日まで、私たちは前を向いて歩み続けます。
咲彩、あなたを心から愛しています。そして、あなたのことを一生忘れません。これからも私たちを見守っていてください。天国でどうか安らかに眠ってください。あなたの笑顔を胸に、私たちは生きていきます。
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